父と母に想いを寄せて
よく『盆と正月』と言われますが、家族や親戚が、三代・四代にも渡って集まり、みんな楽しく賑やかに過ごす…この時ならではの、年中行事がとても好きでした。
東京では盂蘭盆ということで、一足先に迎えましたが、『お盆』と言えば、8月のこの時期を示す地域のほうが多いかもしれません。
もう小さい頃から立正佼成会はいつも自分の身近にありました。
またその教えのとおり、先祖供養と親孝行という言葉も、よく耳にしており、「一番身近な先祖は両親だよ。」とも教えていただきました。
3年前に父が亡くなり、そして昨年母が亡くなり、心にポッカリ穴があいたような寂しさとともに、(ああ本当にご先祖さまになってしまった…。)という思いが深深と込み上げてきます。特に“いつまでも子ども扱い”と思うくらいに気にかけてくれた母は、昨年他界した今でも、まだ生きていてくれているような気がしてなりません。
私の娘の就職が決まった時も、息子が大学に合格した時も、つい実家に電話をしようとしてしまうのですが(あぁ、もう母はいないんだよな…。)という現実に気付かされる、そんな辛い瞬間があります。
どんな些細なことでも、心から喜んでくれた母。
その声がもう聞けないことで感じるこの寂しさは、未だに例える言葉が見つかりません。『親孝行 したいときに 親は無し』と言いますが、きっとこの時と同じ気持ちを表しているのだと思います。今更ながら、もっともっと親孝行をしておけば良かったと、心に浮かぶ今日この頃です。
お盆にはご先祖さまをお迎えするために、お花や季節の果物、野菜などをお供えします。今年は新型コロナの影響で、実家のお墓にはお参りできませんが、
両親が好きだったものを、自宅でお供えさせていただこうと思っています。
父はお酒も好きでしたが、饅頭や羊羹など、小豆の和菓子が好物でした。母は…というと、これが意外と思い付きません。というのも、料理が得意だった母は、自分が食べる喜びより、誰かに食べさせてあげた時の喜びの方が、はるかに上回っていたからだと思います。
教会の当番の時など、朝早くからたくさんの料理に取り掛かります。
地元の漬物も、母は自分で何種類も漬けていましたので、出来上がった料理とともに、よく教会へ持参していました。家に帰ってきて「全部食べてもらえたよ!」と空っぽのタッパーを見せてくれる時は、最上級の笑顔でした。
そんな事もあり、今回はいろんな料理の『食材』を供えさせていただこうかと考えました。母が先達のご先祖さまに、存分に料理を振る舞えるように…。
これが母の一番の喜びかなと思いました。
こんな風に穏やかな気持ちで「お盆」を迎えさせていただけたのも、たくさんの両親との思い出のおかげさまだと思います。こちらを向いて今も微笑む両親の写真に、そっと手を合わせながら、(乗物に弱い母…父と一緒に、ちゃんとキュウリの馬に乗れるかなぁ)と思いつつ、感謝の気持ちを持ってお迎えさせていただきたいと思います。