命の授業
2014年07月15日(火)
皆様、こんにちは。
本日は、大聖堂で盂蘭盆会の式典が行われています。そして私事ですが、叔父が急逝して、今日でちょうど2カ月が経ちました。
叔父さんが逝った日、あまりにも突然過ぎる死に、ただただ、信じられないそんな気持ちでおりました。通夜の前に、棺の中に眠る叔父さんと会いました。怪我もなく、きれいな顔でした。
でも、遺影をみたら、困ったような混乱したような、曇り顔に見えました。通夜の席、ふと、ある言葉が浮かびました。
「人は死ぬとき、残される者に、命がけで何かを伝えていくんだよ。
だから、残される者は、全力でそれを学ぶんだ。全力で、受け取るんだよ。」
そう教えてもらったことを、思い出しました。
(ああ、そうか。今がそのときなんだ・・・。)
涙をこすって、遺影をじーっと見ていたら、明日、生きている保証はない。「今」しか、ないんだよ。そんなことを感じました。
当たり前のことだけれども、忘れてしまう。
明日もあるものだと、勝手に思ってしまっているけれど、いつ、死ぬかだなんて、分からないのですよね。他にもいっぱい思ったことはありましたが、一番感じたのは、そのことでした。
・・・・おじさんが伝えたいこと、受け取れてるかな?
告別式、初七日が終わった後の叔父さんの遺影は、少しだけ明るい表情になっているように見えました。今日は他のご先祖様たちと一緒に、自宅でゆっくり過ごしているのでしょうか(^^)
お読みいただき、ありがとうございました!